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農業を、好きなことに出会う場所へ。富山のスプラウト農業者と考えた「粋」な農業

スプラウト農園の事業承継、農業経営、そして学校づくり。
これらを進めているのは富山の射水で中谷幸葉さんです。

富山県射水市。スプラウトを育てる農園の中を歩きながら、
当時の状況を伺いました。

キャッシュはほぼなく、毎月の赤字は約200万円。来月には潰れるかもしれない。そんな状態から、中谷さんたちはスプラウト農園の事業承継に向き合ってきたといいます。

農業の現場を訪ねると、どうしても「何を作っているのか」に目が向きます。でも、この日見えてきたのは、野菜そのものよりも、農業をどう続けられる事業にするか、そしてその先にどんな学びの場を作るかという話でした。

自己紹介

中谷さん
中谷幸葉です。
茨城県出身で、もともとは金融機関でM&Aに関わる仕事をしていました。その後、富山に来て、まちづくり会社の立ち上げに関わりました。

今は、SHITEN株式会社で事業をしながら、一般社団法人とやまのめの代表理事もしています。射水市の古民家を拠点に、地域の人や、外から来る若い人、クリエイター、学生たちが関われる場を作っています。

農業では、スプラウト農園を事業承継しました。
ただ、僕にとって農業そのものが最終ゴールというより、最終的には学校を作りたいんです。その学校の中で、農業は絶対に必要なコンテンツだと思っています。

池田
粋農の池田です。
農業法人向けに人事評価制度や、現場の作業を見える化する仕組みづくりをしています。

もともとは広告代理店にいて、最初から農業そのものに強い関心があったわけではありません。ただ、農業で働いている人たちがすごく面白いと感じるようになりました。

農業に入ってくる人は、わざわざこの業界を選んで入ってくる人が多い。気合いも覚悟もある。でも、希望を持って入ってきたのに、経営や人の問題で苦しくなってしまう人も多いと感じています。

だから粋農では、農業を「勘と経験」だけで終わらせず、働く人が目指すものを持てるように、評価制度やデータ活用の支援をしています。

今日は、中谷さんがスプラウト農園をどう立て直してきたのか、そしてその先に何を見ているのかを聞きに来ました。

なぜ、この農園を継ごうと思ったんですか?

池田
最初に聞きたいんですが、中谷さんがこのスプラウト農園を引き継ごうと思ったきっかけは何だったんですか?

中谷さん
最終的には、農園をやること自体がゴールではないんです。僕が作りたいのは学校なんですよ。その中のコンテンツとして、農業は絶対に必要だと思っていました。

池田
学校を作るための、農業。

中谷さん
そうです。農業を少しだけやって「農業やっています」と発信することもできると思うんですけど、それでは本業としての農業にはならない。今回の規模は、ちゃんと事業として向き合うにはちょうどよかったんです。

池田
でも、引き継いだ時点ではかなり厳しい状態だったんですよね。

中谷さん
はい。キャッシュはほぼゼロで、来月潰れるかもしれないという状況でした。毎月200万円くらい赤字が出ていて、資金繰りもぎりぎりでした。

池田
その状態で継ぐのは、相当な決断ですね。

中谷さん
昔はよかった時代もあったんです。でも、長い時間をかけて少しずつ体力がなくなって、借入もあって、限界の状態でなんとか続いていた。そこを残せるかどうか、という話でした。

農園の承継は、きれいなスタートではありませんでした。むしろ、最初にあったのは、数字と現場の厳しさでした。

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実際に承継されたガラスハウス

何を変えたら、立て直せたんですか?

池田
そこから、何が一番効いたんですか。これをやったからうまくいった、というものはありますか?

中谷さん
全部です。

池田
全部。

中谷さん
人を入れ替えたこと。コストを全部見直したこと。効率化したこと。営業して売上を増やしたこと。単価を少しずつ上げたこと。どれか一つではなくて、全部やりました。

池田
M&Aや銀行での経験が効いた、という感じですか?

中谷さん
入口としての知識はあったかもしれません。でも、実際はトライアンドエラーの連続でした。やってみて、当たったものもあるし、外れたものもある。それを繰り返して、ようやく数字が変わってきました。

現場を歩きながら、中谷さんはコスト削減の話もしてくれました。

たとえば段ボール。年間で大きな費用がかかるものの、ただ小さくすれば安くなるわけではありません。段ボールは、原紙一枚から何個取れるかでコストが決まります。だから箱の形や余白を見直し、同じ原紙からより多く取れるようにする。

機械の修理も同じです。出荷ラインが止まれば、農園の生命線が止まる。外部に頼れば一回の修理で大きな費用がかかるため、現場では自分たちで直せるものを直し、水圧の調整やホースの交換にも向き合っていました。

池田
売上が上がっているのに、コストも下がっている。そこまで持っていくのはすごいですね。

中谷さん
最初は野菜が作れないこともありましたし、売上が落ちたこともありました。トータルで見れば、失敗したことの方が多いです。でも、やることを全部やって、ようやく上がってきた感じです。

派手な一手ではなく、当たり前のことを一つずつ変える。その積み重ねが、農園の数字を変えていったのだと思います。

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費用をさげ下げる工夫を凝らした段ボール。社会貢献の寄付ができる仕組みも。

農業も、結局は営業なんですね

スプラウトの出荷先は、主にスーパーです。

ただ、作ったものを誰かが売ってくれるわけではありません。どの物流を通すのか、どの売り場に置いてもらうのか、どこに直接話をしに行くのか。販売先を作ることも、農業経営の一部です。

池田
JAに出すというより、スーパーや物流に直接当たっていく感じなんですね。

中谷さん
そうです。自分たちの野菜を、誰かが勝手に売ってくれるわけではないので。おいしいかどうかも、結局は主観です。だから自分で営業するしかない。

池田
農業も、結局は営業ですね。

中谷さん
そうですね。結局、営業です。

この会話は、粋農としても強く印象に残りました。

農業というと、栽培技術がまず語られます。もちろん、よいものを作る技術は欠かせません。でも、それだけでは続かない。誰に届けるのか。どうやって利益を残すのか。どのコストを下げ、どこに投資するのか。

中谷さんの農園は、野菜を育てる場所であると同時に、経営の最前線でもありました。

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自動散布機。できる限り省力化を行う環境に。

感覚でやっていたものを、データで再現できるようにする

農園の中では、スプラウトが段階ごとに育てられていました。

種を洗い、暗室で発芽させ、温度を管理し、水を与え、丈を伸ばす。夏は約7日で出荷まで進む一方、冬は12日から15日ほどかかることもあるそうです。

池田
水やりは自動なんですか?

中谷さん
今は自動です。でも承継したときは、全部が自動化されていたわけではありませんでした。いつ水をあげればいいかも、感覚に頼っていた部分が大きかったんです。

池田
それをデータ化していった。

中谷さん
そうです。タイマーを置いて、分析して、常に同じようにできるようにしていきました。

スプラウトは、少し伸びすぎるだけでも出荷できなくなります。短すぎても商品にはなりません。1日1万パック規模で出すには、温度、水、日数、出荷のタイミングを細かくそろえる必要があります。

池田
野菜を育てるというより、かなり精密なオペレーションですね。

中谷さん
そうですね。ブロッコリースプラウトは利益率が高いので増やしていますが、どれをどれだけ作るかも、売上や利益を見ながら決めています。

栽培、営業、物流、原価管理、設備保全、人材採用。スプラウト農園の現場には、農業経営の要素がすべて詰まっていました。

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自動散布機。作業にかける時間を最小限にする工夫。

農業に入ってくる人が、絶望してしまう

農園を歩いた後、話は農業に入ってくる人のことに移っていきました。

池田
僕自身は、農業そのものに最初から強い関心があったわけではないんです。でも、農業で働いている人はめちゃくちゃ面白いと思っています。

中谷さん
はい。

池田
わざわざ農業に入ってくる人って、かなり稀有だと思うんです。希望を持って入ってくる。でも、現実には絶望してしまう人も多い。栽培だけじゃなくて、販売も、資金繰りも、人も、全部やらないといけないから。

中谷さん
めちゃくちゃ共感します。手遅れになってから引き継ごうとする人が多すぎるんです。今回は奇跡的に立て直せましたけど、本来はもっと準備して、スムーズに承継できる状態を作ることが大事だと思います。

池田
野菜の作り方は教わっても、経営者としてどう農業を続けるのかを学ぶ場所が少ないですよね。

中谷さん
そうです。野菜を作るだけではどうにもならない。いきなり経営者としてデビューしなければいけないのが、すごく大変なところだと思います。

農業に希望を持って入ってきた人が、なぜ途中で苦しくなるのか。

その理由の一つは、目指すものを自分で作らなければならないことにあるのかもしれません。栽培技術だけではなく、経営の見方、チームの作り方、販売先の作り方、数字の見方を学べる環境が必要になる。

中谷さんの事業承継は、その課題をそのまま映していました。

中谷さんが作りたいのは、学校なんですよね

話の最後に、もう一度「学校」の話に戻りました。

池田
中谷さんが教育をやりたいと思う原点は、どこにあるんですか?

中谷さん
両親が教員だったこともあります。でも、自分が学生時代に「何のために勉強するのか」が分からなかったんです。先生に聞いても、自分の中で納得できる答えが返ってこなかった。

池田
それ、すごく分かります。僕も中学のときに、勉強する意味が分からなくなったことがありました。

中谷さん
勉強をさせたいというより、好きなことを見つけて、それにトライアンドエラーできる環境を作りたいんです。いろいろなものに触れる機会と、それを後押しできる環境を用意したい。

池田
農業は、その中の大事なコンテンツになる。

中谷さん
そうです。2029年に学校を作る構想があります。1階に保育園があって、敷地に農園があって、飲食店もある。保育園や学童、サークルや部活のようなものも含めて、学校以外の部分を全部やりたいんです。

農業は、子どもたちにとって社会とつながる入り口になります。

種を洗い、暗室で発芽させ、温度を見て、水を管理し、営業して、売り場に届ける。そこには、理科も、経営も、地域も、食も、仕事もあります。

農園を再生することは、単に一つの事業を残すことではありません。子どもや若者が、社会のリアルに触れ、自分の好きなことを見つける場所を作ることでもある。

中谷さんにとって農業は、未来の学校を形にするための、実践のフィールドなのだと思いました。

何が「粋」なのか

今回の取材で、池田が「粋」だと感じたことは大きく三つあります。

一つ目は、農業を美談として語らないことです。

赤字も、キャッシュの厳しさも、機械の修理も、営業の泥臭さも、すべて現実として話してくれる。その上で、農業をかっこよくしたい、農業の未来を作りたい、学校を作りたいと語る。

理想だけでは農園は続かない。けれど、数字だけでも人は集まらない。

中谷さんは、その両方を見ている人でした。

二つ目は、農業を「経営」として引き受けていることです。

作るだけではなく、売る。感覚だけではなく、データで再現する。外注するだけではなく、自分たちで直せるものは直す。現場にある小さな非効率を見逃さず、ひとつずつ事業に変えていく。

それは、農業を続けられる仕事にするための、とても地に足のついた挑戦でした。

三つ目は、その農業を教育につなげようとしていることです。

事業承継した農園を立て直すこと。農業を経営として成立させること。子どもたちが好きなことに出会える場所を作ること。

その一つひとつが、同じ未来に向かってつながっている。

富山の一つのスプラウト農園から、農業と教育の新しい接点が生まれようとしています。

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